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うーんやっぱりドラマの性格と時間帯が合っていない気がするのですよ。 やはり週の半ばに気持ちがかさつくドラマを見るのは辛い。 絵空事ではなく、自分と登場人物にまったく共通点がないと言い切れないから余計辛い。 在宅で仕事やってる私がそうなんだから、勤め人さんには余計辛いのではないかなあ。
土曜か、せめて金曜日にやってくれたらなあ。金曜向きのドラマかも知れない。
役者陣はみんながんばってる。 とりわけ、優等生の鑑みたいな印象の黒木華さんが、女のいやらしさ全開のクズ女を完璧に演じているのが凄い。役者こわい。
『僕とシッポと神楽坂』第3話 #僕とシッポと神楽坂 人は老いたらたくさん考えなくてはならないことが出てくる。
家のこと。 ペットのこと。
ペットが自分よりも長生きしそうな場合、託す人を探さなくてはならない。それは家を譲る事よりも未練のある事だろう。
「虹の橋」の話は、今回も優しくて。
千津さんはこれを聞いたから安心して旅立てたと思うのだ。
どちらが先に逝くことになっても、またいつか必ず会える橋。
手術が成功した愛猫・カナメは一番安心な人の手に渡って。
これから何年も元気に生きてから橋を渡る。
『君のうた』が沁みるなぁ。
『このマンガがすごい!』 第4回 でんでんの『おそ松くん』 #このマンガがすごい でんでんさんが6つ子の役をやるってことで、何だか「おそ松さん」以上にシュールな図が出来上がっていた(爆)
マンガの中にハマっているから、あれで済んだわけだけれども、本当にでんでんさんが6人出て来たら、泥棒はあんなことじゃ済まないと思う……6人のでんでんさん……考えただけでも恐ろしい……
ってことで。ちょっとホラーナイト。(どうして……)
『大恋愛~僕を忘れる君と』第3話 #大恋愛 何かボンヤリいいカップルーーを見ていて、いきなり突き落されるラスト。びっくりーー。
私も人の名前を覚えるのが苦手で、同時期に知り合った人の名前は混ざってしまいがちなのだけれども「好きなら間違えないだろ」というのは大間違いで、やっぱり混乱するよね。いや、病気なら当然。だって、認知症だって新しい記憶から無くなっていくというじゃないですか。
ほぼ同時期に知り合った2人の男。
これ、最終的にはお母さんと3人で見守る形になるのではーー。
お母さんから純粋培養されてきたような侑市さんの見合いは上手く行かず。
真司はわざわざケンカ売りに行くし。
ここまで侑市さんが関わってしまっているとなると、どっちが上という話ではないような気がする。
話がどういう方向に行くのか、まだ全く見えず。
『大恋愛~僕を忘れる君と』第2話 #大恋愛 初回もすごいスピードで過ぎて行ったけれども、2話目のスピードもすごかった。
これじゃ、3話で完全にアルツ、最終回までにおばあさんになってしまうのでは、と心配です!(嘘)
アルツのテストで絶望感を覚えたのは私だけではあるまい。
仕方ないとはいえ元婚約者のお母さんの態度が酷くて、こんな人がお義母さんにならなくて済んで良かったと思いました。
小説家は病気の知識が希薄そう。
病気になったから結婚が無くなってホッとした、とか、ずっと一緒にいたいとか言えるのも戸田恵梨香だからだよなぁ……本当に美人だな、とか思いながら見ました。
糸子が親を卒業する日。
娘の父である浩ちゃんを形見のミシンと並べて映す。 糸子を中心に活気づく様を背中越しに感じながら老兵の心境を味わう善作を 覚えていたので仕事の世界にさっさと戻っていく娘達を頼もしく眺める糸子の様に 「ああ、ここなんだな…」と。
最後は里香。晩年編はこの二人で始まりました。 彼女も既に母親ながら、この時だけはヤンチャな孫に戻る。 三姉妹編では年長者の糸子が優子に経験で負けた。糸子の経験は絶対では無かった。 なら逆の事だって言える。男尊女卑がまかり通る時代にやり通したパッチ屋修行や 五十年オーダーメイド職人に徹した経験を生かした病院ファッションショー。 『小原優子の娘』という肩書が一生、ついて回る孫に伝えられるだけの事を伝え 『強う生きるんやで』と優しく抱きしめる。
善作は優子を可愛がりながら逝った。ハルさんは糸子に看取られ逝った。 しかし八重子さんが玉枝さんを看取った時に太郎は居なかった。 聡子は渡英する時に千代さんと今生の別れを覚悟しなければならなかったし、 直子は祖母の臨終に立ち会えただろうか。 昔は当たり前だった事が今では当たり前で無くなっているのが切ない。
糸子、最終週に来て表情で語る名場面のメインを務めるの事。
「私は10歳まで長崎で暮らしていました」
雑踏の音が遠のいていく。この言葉にどれ程の意味があるか。 勘助の事を語り合えるようになるまで四半世紀をかけなければならなかった玉枝と糸子。 つれあいが亡くなるまで故郷の土が踏めなかった周防や奈津。 糸子を応援しながらも会いに来る事は無い平吉。 戦争の闇を抱えて生きてこなければならなかった世代。
戦災孤児がまだ路上で靴磨きをしていた昭和23年。 戦火で故郷を追われ、母は病床、父は負傷&失業の一家をどんな末路が待っているか。 弟は糸子に対し『父を母から奪った憎い女』という側面だけ見ていれば良かったが 13歳の川上さんは『家族の恩人』という別の側面や それを言い訳に小原家に入り浸る父の狡さも見えてしまう年頃に差し掛かっていた。 『父が好きになった人だから良い人であって欲しい』と自分を納得させて こなければならなかった彼女の葛藤は、たった1話の中でも上手く表現されていました。
北村派の私でも「周防も逝ったか…」と何だか心にぽっかり穴が開いてしまったエピ。 綺麗ごとだけで生きるには今より、はるかに厳しかった時代。 それだけ人々は生きる事に今より真剣だったのではないか。 そういう人達が作り、残してくれた時代の上に我々は立っているのだろう。
『リーガルV ~元弁護士・小鳥遊翔子~』第3話 #リーガルV 冤罪を作り出すのに、一体、どこに忖度しているのかという話。
描き方は軽い物だけれども、いつこんな風に、裏の思惑で勝手に犯罪者に仕立てられるか分らない世の中。
恐いと思います。
事務所の名を高めたい……のが最終目的であろうが、きちんと調査してきちんと正しい弁護を貫いてくれる。
時代劇的でも充分に面白い。見ていて気持ちいいです。
お迎えが近い事をムシの知らせで感じたように若い世代向けにサロンを残す糸子。 146回は第7週で「娘に看板を残して去った」善作と同等の空気感を醸し出す唯一の回。 147回は、その行為の立脚点である第2週を理解した事を示す回。 個人的には全話の中でもトップ3の内容ですが同時にここまで、やるかと…。
撫子の会の中で父に言及。 善作が清三郎に「これからは洋服の時代」と宣告された11回の総括となるイベント。 更に父を喪った譲の相談相手を玉枝さんの如く買って出る糸子。第25週が伏線と…。
「譲、お前ナンボや?」「はぁ、45です」
そんなやり取りの後に思い出写真から更にその先の二階の改装に併せ(!) 一階に移し替えてきた家族の遺影まで糸子は視線を走らせる。
https://i.imgur.com/UL3khK6.jpg
直後、栄ノ助を含めた三人のカットが変化して画面右隅に思い出写真の一部が映る。 映像は示す。糸子と譲、遺影が『ぼぼ』一列に並んでいるという事を。 映像は語る。糸子は45才の譲越しに在りし日の父を見ているという事を。 最後は譲の席が隣に移り糸子と譲、遺影の善作が『完全に』一列に並ぶ。
「なあ、譲。キラキラを剥がされて剥き出しになってしもうた四十男の本性は(↓)」
https://i.imgur.com/1WDnjJ8.jpg
「アンタが思うてるより、もっと、ずっと綺麗なもんなんやで」
あの日、いつも母と二階で寝る父が何故、祖母の寝所で小さくなっていたのか。 神戸の祖父と不仲な事を知っていて往復で態度が変わっていた事も見ていたのに 何も解っていなかった糸子。善作も子供に戻ってハルさんに甘えたかった。 その気持ちを抑え、自分は家長であり娘達の父親なのだと一人耐えていた。 決して強い人ではなかった父、 それでも歯を食いしばり生涯に渡り自分を支えてくれた父を想う糸子。 玉枝さんと千代さん、『二人の母』を介し77年かけて、ここまで辿り着きました。
くぅさんの第3話のレビュー、本当にそうだと同意します。 でもそれを発達障害を想起させる人物(男の子も・・・)を配して描くのは「なんだかなぁ~」という気もしています。ドラマのメッセージには共感していて今期のドラマの中ではダントツに視聴を楽しみしているのですが。
『獣になれない私たち』第3話 #獣になれない私たち #けもなれ 見ている方の気持ちも試されるドラマ。
3話まで来て、晶はちっとも変わらず。
会社は母親に見つかるのが嫌で転職できないのかと思い込んでいたけれども、別にそういうことではないらしい。つまり、ズルズル行っているだけ。
京谷の元カノは人の荷物をオクに出したり、自分の面胴すら見られないのにペットを飼いだす始末。
「誰もがそう出来るわけじゃない」
というのは、よく分る。私自身が断捨離できない人間なので、このドラマはものすごく痛い。
でも、いつかは捨てなきゃならないんだよね……。
ラストの呉羽の行動が許せなく感じるのは、私自身が晶と京谷のハッピーエンドを望んでいるからなんだろうなぁと思った。
それは未練なんですよね。
新しい方向に踏み出す勇気は難しい。
ショーの最後に吉沢さんを見ている奈津。彼女の中に戦時にどん底だった自分を、 そして相変わらずのサルの小原には自分を立ち直らせてくれた玉枝さんを見る。
糸子視点では吉沢さんのヴィックは根岸先生を彷彿とさせて以下、 背の高い看護婦さん⇒サエ、妊婦さん⇒八重子さん、 神戸でショッピングが趣味のお婆ちゃん⇒貞子さん、 夫を亡くしたお婆ちゃん⇒千代さん。 小篠綾子さんが残した「私は沢山の宝物を貰った」という言葉の意味。 思い出に拘らなくなったのは思い出が心の一部となり形に拘らなくなったという事。 単細胞だった小原糸子がここまで心豊かな人間になった。
自分等はまだ理屈で捉えている所がありますが本放送時に年配女性のブログレビューで 『この病院ショーこそ神エピソード。皆、糸子の中に居るよ』 と本質を感覚で見抜いた意見があった事に驚かされました。
本作が後半に入りネット上で批判する意見が出てきたのは本物過ぎたという事。 某アニメ監督T氏が「アニメばかり観ては駄目」と苦言を呈したのに近い。 本を読み、舞台や映画といった性質の事なる脚本に触れ、何より家族間の問題や社会人 として苦い経験もあり、といった諸々の中で培われた『行間を読む』感覚がある人と 台詞中心に表面的作劇だけを見ているドラマ通な人で捉え方にどんどん差が出てくる。
戦時体験者が抱えた心の闇、それすらひっくるめた晩年の成熟。 制作側に人間心理に対する並外れた洞察があってこそありえた朝ドラの枠組みを 超えた傑作でした。こんなの、もう一回作れといっても絶対、無理!
結局、中坊の妄想ドラマかなぁ。
女教師のケツ追っかける事で頭一杯の男子生徒は実際、珍しくないでしょうが
高校生並の容姿と背丈で頭脳明晰ってねぇ。
俺はお前らとは違うんだよ気分に浸りたい感が満載。
この番組をリアルタイムで観る中坊の試験順位は下から数えたほうが早い。
チート設定で優秀なら『デスノ』の月ぐらい、でっかい事をやってくれ。
『僕らは奇跡でできている』第3話 #僕らは奇跡でできている #僕キセ やはり今期の面倒くさいドラマ群の答えを全部くれる存在だと思う。
人目など気にせず自分の生活に一生懸命になる事、毛をむしることなど忘れるくらい生活を充実させること。
好きな事を見つけること。他己評価を気にせず自分を愛する事。
嘘をついてついてきた子どもは親に怒られるのが嫌で、自由になるための嘘をつく。
親が「他の子」と自分の子を比べて落ち込むのも当たり前の事で、誰もそれは責めない。
自由に怒ればいい。いつか気づけばいい。
みんな誰かが悪いと責めることはなく、一輝さんと同じように自分を好きになれる世界を目指す。
とてつもなく優しくて、性善説に満ちている。
このドラマを見ていると自由への欲求が高まって、解放される気がする。
責任を追及される展開になりませんように。そういう方向にならないといいな。
『ぺっぴんさん』よりは重く、『カーネーション』よりは軽い戦時。
萬平さんの福子に対する呼び方が「お前」に変わっているのは 克子布美枝が茂を「ウチの人」と呼ぶようになっていったのを思い出す。 似た者母娘のやり取りに家族とは、こういうモノかと今になって納得したり 染まってきましたな…。
うーんやっぱりドラマの性格と時間帯が合っていない気がするのですよ。
やはり週の半ばに気持ちがかさつくドラマを見るのは辛い。
絵空事ではなく、自分と登場人物にまったく共通点がないと言い切れないから余計辛い。
在宅で仕事やってる私がそうなんだから、勤め人さんには余計辛いのではないかなあ。
土曜か、せめて金曜日にやってくれたらなあ。金曜向きのドラマかも知れない。
役者陣はみんながんばってる。
とりわけ、優等生の鑑みたいな印象の黒木華さんが、女のいやらしさ全開のクズ女を完璧に演じているのが凄い。役者こわい。
『僕とシッポと神楽坂』第3話 #僕とシッポと神楽坂
人は老いたらたくさん考えなくてはならないことが出てくる。
家のこと。
ペットのこと。
ペットが自分よりも長生きしそうな場合、託す人を探さなくてはならない。それは家を譲る事よりも未練のある事だろう。
「虹の橋」の話は、今回も優しくて。
千津さんはこれを聞いたから安心して旅立てたと思うのだ。
どちらが先に逝くことになっても、またいつか必ず会える橋。
手術が成功した愛猫・カナメは一番安心な人の手に渡って。
これから何年も元気に生きてから橋を渡る。
『君のうた』が沁みるなぁ。
『このマンガがすごい!』 第4回 でんでんの『おそ松くん』 #このマンガがすごい
でんでんさんが6つ子の役をやるってことで、何だか「おそ松さん」以上にシュールな図が出来上がっていた(爆)
マンガの中にハマっているから、あれで済んだわけだけれども、本当にでんでんさんが6人出て来たら、泥棒はあんなことじゃ済まないと思う……6人のでんでんさん……考えただけでも恐ろしい……
ってことで。ちょっとホラーナイト。(どうして……)
『大恋愛~僕を忘れる君と』第3話 #大恋愛
何かボンヤリいいカップルーーを見ていて、いきなり突き落されるラスト。びっくりーー。
私も人の名前を覚えるのが苦手で、同時期に知り合った人の名前は混ざってしまいがちなのだけれども「好きなら間違えないだろ」というのは大間違いで、やっぱり混乱するよね。いや、病気なら当然。だって、認知症だって新しい記憶から無くなっていくというじゃないですか。
ほぼ同時期に知り合った2人の男。
これ、最終的にはお母さんと3人で見守る形になるのではーー。
お母さんから純粋培養されてきたような侑市さんの見合いは上手く行かず。
真司はわざわざケンカ売りに行くし。
ここまで侑市さんが関わってしまっているとなると、どっちが上という話ではないような気がする。
話がどういう方向に行くのか、まだ全く見えず。
『大恋愛~僕を忘れる君と』第2話 #大恋愛
初回もすごいスピードで過ぎて行ったけれども、2話目のスピードもすごかった。
これじゃ、3話で完全にアルツ、最終回までにおばあさんになってしまうのでは、と心配です!(嘘)
アルツのテストで絶望感を覚えたのは私だけではあるまい。
仕方ないとはいえ元婚約者のお母さんの態度が酷くて、こんな人がお義母さんにならなくて済んで良かったと思いました。
小説家は病気の知識が希薄そう。
病気になったから結婚が無くなってホッとした、とか、ずっと一緒にいたいとか言えるのも戸田恵梨香だからだよなぁ……本当に美人だな、とか思いながら見ました。
糸子が親を卒業する日。
娘の父である浩ちゃんを形見のミシンと並べて映す。
糸子を中心に活気づく様を背中越しに感じながら老兵の心境を味わう善作を
覚えていたので仕事の世界にさっさと戻っていく娘達を頼もしく眺める糸子の様に
「ああ、ここなんだな…」と。
最後は里香。晩年編はこの二人で始まりました。
彼女も既に母親ながら、この時だけはヤンチャな孫に戻る。
三姉妹編では年長者の糸子が優子に経験で負けた。糸子の経験は絶対では無かった。
なら逆の事だって言える。男尊女卑がまかり通る時代にやり通したパッチ屋修行や
五十年オーダーメイド職人に徹した経験を生かした病院ファッションショー。
『小原優子の娘』という肩書が一生、ついて回る孫に伝えられるだけの事を伝え
『強う生きるんやで』と優しく抱きしめる。
善作は優子を可愛がりながら逝った。ハルさんは糸子に看取られ逝った。
しかし八重子さんが玉枝さんを看取った時に太郎は居なかった。
聡子は渡英する時に千代さんと今生の別れを覚悟しなければならなかったし、
直子は祖母の臨終に立ち会えただろうか。
昔は当たり前だった事が今では当たり前で無くなっているのが切ない。
糸子、最終週に来て表情で語る名場面のメインを務めるの事。
「私は10歳まで長崎で暮らしていました」
雑踏の音が遠のいていく。この言葉にどれ程の意味があるか。
勘助の事を語り合えるようになるまで四半世紀をかけなければならなかった玉枝と糸子。
つれあいが亡くなるまで故郷の土が踏めなかった周防や奈津。
糸子を応援しながらも会いに来る事は無い平吉。
戦争の闇を抱えて生きてこなければならなかった世代。
戦災孤児がまだ路上で靴磨きをしていた昭和23年。
戦火で故郷を追われ、母は病床、父は負傷&失業の一家をどんな末路が待っているか。
弟は糸子に対し『父を母から奪った憎い女』という側面だけ見ていれば良かったが
13歳の川上さんは『家族の恩人』という別の側面や
それを言い訳に小原家に入り浸る父の狡さも見えてしまう年頃に差し掛かっていた。
『父が好きになった人だから良い人であって欲しい』と自分を納得させて
こなければならなかった彼女の葛藤は、たった1話の中でも上手く表現されていました。
北村派の私でも「周防も逝ったか…」と何だか心にぽっかり穴が開いてしまったエピ。
綺麗ごとだけで生きるには今より、はるかに厳しかった時代。
それだけ人々は生きる事に今より真剣だったのではないか。
そういう人達が作り、残してくれた時代の上に我々は立っているのだろう。
『リーガルV ~元弁護士・小鳥遊翔子~』第3話 #リーガルV
冤罪を作り出すのに、一体、どこに忖度しているのかという話。
描き方は軽い物だけれども、いつこんな風に、裏の思惑で勝手に犯罪者に仕立てられるか分らない世の中。
恐いと思います。
事務所の名を高めたい……のが最終目的であろうが、きちんと調査してきちんと正しい弁護を貫いてくれる。
時代劇的でも充分に面白い。見ていて気持ちいいです。
お迎えが近い事をムシの知らせで感じたように若い世代向けにサロンを残す糸子。
146回は第7週で「娘に看板を残して去った」善作と同等の空気感を醸し出す唯一の回。
147回は、その行為の立脚点である第2週を理解した事を示す回。
個人的には全話の中でもトップ3の内容ですが同時にここまで、やるかと…。
撫子の会の中で父に言及。
善作が清三郎に「これからは洋服の時代」と宣告された11回の総括となるイベント。
更に父を喪った譲の相談相手を玉枝さんの如く買って出る糸子。第25週が伏線と…。
「譲、お前ナンボや?」「はぁ、45です」
そんなやり取りの後に思い出写真から更にその先の二階の改装に併せ(!)
一階に移し替えてきた家族の遺影まで糸子は視線を走らせる。
https://i.imgur.com/UL3khK6.jpg
直後、栄ノ助を含めた三人のカットが変化して画面右隅に思い出写真の一部が映る。
映像は示す。糸子と譲、遺影が『ぼぼ』一列に並んでいるという事を。
映像は語る。糸子は45才の譲越しに在りし日の父を見ているという事を。
最後は譲の席が隣に移り糸子と譲、遺影の善作が『完全に』一列に並ぶ。
「なあ、譲。キラキラを剥がされて剥き出しになってしもうた四十男の本性は(↓)」
https://i.imgur.com/1WDnjJ8.jpg
「アンタが思うてるより、もっと、ずっと綺麗なもんなんやで」
あの日、いつも母と二階で寝る父が何故、祖母の寝所で小さくなっていたのか。
神戸の祖父と不仲な事を知っていて往復で態度が変わっていた事も見ていたのに
何も解っていなかった糸子。善作も子供に戻ってハルさんに甘えたかった。
その気持ちを抑え、自分は家長であり娘達の父親なのだと一人耐えていた。
決して強い人ではなかった父、
それでも歯を食いしばり生涯に渡り自分を支えてくれた父を想う糸子。
玉枝さんと千代さん、『二人の母』を介し77年かけて、ここまで辿り着きました。
くぅさんの第3話のレビュー、本当にそうだと同意します。
でもそれを発達障害を想起させる人物(男の子も・・・)を配して描くのは「なんだかなぁ~」という気もしています。ドラマのメッセージには共感していて今期のドラマの中ではダントツに視聴を楽しみしているのですが。
『獣になれない私たち』第3話 #獣になれない私たち #けもなれ
見ている方の気持ちも試されるドラマ。
3話まで来て、晶はちっとも変わらず。
会社は母親に見つかるのが嫌で転職できないのかと思い込んでいたけれども、別にそういうことではないらしい。つまり、ズルズル行っているだけ。
京谷の元カノは人の荷物をオクに出したり、自分の面胴すら見られないのにペットを飼いだす始末。
「誰もがそう出来るわけじゃない」
というのは、よく分る。私自身が断捨離できない人間なので、このドラマはものすごく痛い。
でも、いつかは捨てなきゃならないんだよね……。
ラストの呉羽の行動が許せなく感じるのは、私自身が晶と京谷のハッピーエンドを望んでいるからなんだろうなぁと思った。
それは未練なんですよね。
新しい方向に踏み出す勇気は難しい。
ショーの最後に吉沢さんを見ている奈津。彼女の中に戦時にどん底だった自分を、
そして相変わらずのサルの小原には自分を立ち直らせてくれた玉枝さんを見る。
糸子視点では吉沢さんのヴィックは根岸先生を彷彿とさせて以下、
背の高い看護婦さん⇒サエ、妊婦さん⇒八重子さん、
神戸でショッピングが趣味のお婆ちゃん⇒貞子さん、
夫を亡くしたお婆ちゃん⇒千代さん。
小篠綾子さんが残した「私は沢山の宝物を貰った」という言葉の意味。
思い出に拘らなくなったのは思い出が心の一部となり形に拘らなくなったという事。
単細胞だった小原糸子がここまで心豊かな人間になった。
自分等はまだ理屈で捉えている所がありますが本放送時に年配女性のブログレビューで
『この病院ショーこそ神エピソード。皆、糸子の中に居るよ』
と本質を感覚で見抜いた意見があった事に驚かされました。
本作が後半に入りネット上で批判する意見が出てきたのは本物過ぎたという事。
某アニメ監督T氏が「アニメばかり観ては駄目」と苦言を呈したのに近い。
本を読み、舞台や映画といった性質の事なる脚本に触れ、何より家族間の問題や社会人
として苦い経験もあり、といった諸々の中で培われた『行間を読む』感覚がある人と
台詞中心に表面的作劇だけを見ているドラマ通な人で捉え方にどんどん差が出てくる。
戦時体験者が抱えた心の闇、それすらひっくるめた晩年の成熟。
制作側に人間心理に対する並外れた洞察があってこそありえた朝ドラの枠組みを
超えた傑作でした。こんなの、もう一回作れといっても絶対、無理!
結局、中坊の妄想ドラマかなぁ。
女教師のケツ追っかける事で頭一杯の男子生徒は実際、珍しくないでしょうが
高校生並の容姿と背丈で頭脳明晰ってねぇ。
俺はお前らとは違うんだよ気分に浸りたい感が満載。
この番組をリアルタイムで観る中坊の試験順位は下から数えたほうが早い。
チート設定で優秀なら『デスノ』の月ぐらい、でっかい事をやってくれ。
『僕らは奇跡でできている』第3話 #僕らは奇跡でできている #僕キセ
やはり今期の面倒くさいドラマ群の答えを全部くれる存在だと思う。
人目など気にせず自分の生活に一生懸命になる事、毛をむしることなど忘れるくらい生活を充実させること。
好きな事を見つけること。他己評価を気にせず自分を愛する事。
嘘をついてついてきた子どもは親に怒られるのが嫌で、自由になるための嘘をつく。
親が「他の子」と自分の子を比べて落ち込むのも当たり前の事で、誰もそれは責めない。
自由に怒ればいい。いつか気づけばいい。
みんな誰かが悪いと責めることはなく、一輝さんと同じように自分を好きになれる世界を目指す。
とてつもなく優しくて、性善説に満ちている。
このドラマを見ていると自由への欲求が高まって、解放される気がする。
責任を追及される展開になりませんように。そういう方向にならないといいな。
『ぺっぴんさん』よりは重く、『カーネーション』よりは軽い戦時。
萬平さんの福子に対する呼び方が「お前」に変わっているのは
克子布美枝が茂を「ウチの人」と呼ぶようになっていったのを思い出す。似た者母娘のやり取りに家族とは、こういうモノかと今になって納得したり
染まってきましたな…。