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東城医大って佐伯先生と渡海先生でもっていますよねw 2人の師弟の関係は大好きで、恨んだまま終わりにならなくて良かったです。ニノの演技は素晴らしかったです。佐伯先生もお仕事続けられそうでハッピーエンド。続編もドラマ化をお願いしたいです。
「ブラックペアン」最終回。 結局のところは、 東城医大って? 「ほう、れん、そう」のシステムができていない病院だったんじゃない? そう、基本中の基本。 報告、連絡、相談がーーーー! ブラックペアンの秘密は、ほうれんそうができていれば防げたわけで(^^ゞ それは言っちゃいけないですって・・・ だったらこれはいいですか~ とにかくニノの演技のおかげで、 顔芸枠の日曜劇場が新鮮なものに見えました。 みなさん、お疲れ様でした。 でも、この病院で手術したくないわ~ 佐伯先生とニノ渡海先生以外、先生たち手術下手なんですものーーー!
https://ameblo.jp/olive845/entry-12385862573.html
多分だけど、インタビューにもあったし、展開のワンパターンに嫌気がさしていただろう二宮君が最終回で帳尻合わせてきたのが凄い!!! ガヤが本当に愚かに見えて、役者さんたちが可哀想だったよーーー(T_T) ペアンが胸に入ったままそれでも生きてきた患者さんがひたすら気の毒だったドラマ。
「ブラックペアン」第10話 #ブラックペアン えーー……ペアンが飯沼さんに入りっぱなしだったのはそんな理由!!??
いや、その頃と医療も進化しているだろうし、他の医術があるんじゃね。ペアンを出してまたペアンって……
とか、色々ツッコんでいる内に1時間が終わりました。
とりあえず、佐伯せんせーは「やめろやめろ」言ってないで、それを取ったらブシューーってなるぞ!ということは、きちんと伝えて下さい。
スナイプやカエサルはどうなったんだYO!!という話ですが、結局、人体と機械・器具との融合がテーマなのでしょうか。(基本、作品全体、医療機器と医療がテーマではありますよね)
何にせよ、このドラマで二宮和也という役者はどんなスタッフの中でも芝居ができる人なのだということは分りました。
そして、このドラマの頼もしいけれどもナイーブな顔も持った内野さんのキャラが私はとても好きでした。
お疲れ様でした。
#限界団地 第3話
夜中に「 あやめ 町団地」という文字を見ていたら、急に何か気づいたような気分になって恐くなってきた(爆)
迫田さんってば、もう……また……
http://dramablog.cinemarev.net/blog-entry-6139.html
前回誰も死ななかったからゆるいのかと思ってたんだけど。死体は見えないけど今回は2人も!あの白い粉は誰のものなんでしょうか。あそこちょっとわからなかったです。
『カーネーション』68・69話 #カーネーション お父ちゃんが居なくなった寂しさを噛みしめる間もなく、台所事情の苦しさに今さら気づく糸子。
「葬式は金がかかる」立派な祭壇を組むことだけで頭がいっぱい、金があってももう店に食料が無いことも知らない。家の奥を支える主婦の感覚はなく、奥の苦労など考えた事もない亭主関白感(笑)
困り切った奥を何とかしてくれるのは、天然にしか見えないお母ちゃん。もちろん。ただの天然などではなく。この人の賢さと明るさのおかげで小原家の奥が成り立ってきたのだとよく分かる、すいとんエピ。
配給に誘ってくれる木之元の奥さんのぶっきら棒で可愛い優しさ。
面倒で卑怯な世間もあるし、お節介で温かい世間もある。
69回は、放送当時もみんなが騒いだ神回。
面倒な世間に「非国民」扱いされ、おしゃれもんぺは非難され、ミシンは取られそうになる。
ミシンの供出→仏壇のお父ちゃんに愚痴る→お父ちゃんが死んだんやからと思い出して優子の散髪→髪がおかしいか木岡に聞きに行く優子→軍服のおっちゃんとの再会→軍服のためにミシンを取られずに済む……
全部が結局は善ちゃんのおかげだったという。
1話で落語のようにオチがつく、これぞ神回!
『カーネーション』66・67話 #カーネーション 冒頭ですっかり回復して元気になったように見えたお父ちゃんの最期を見送る2話。
「ありがとう」と言われた事のない糸子が水筒に酒を詰めて初めて礼を言われる。
もちろん、酒のことだけではなく。
国民服をありがとう。温泉に行かせてくれてありがとう。家を継いでくれてありがとう。孫を抱かせてくれてありがとう。……気持ちがいっぱい詰まった温泉出発前。
大河でも朝ドラでも幽霊演出は多々あるが、これほど切なく美しく悲しい残像は見た事がない。本当に会いたい人の霊は恐くないのだな、と涙しながらオノマチさんの慟哭を聞く。
おっちゃんたちのせいではない。自分が酒を持たせたのが失敗だった。と頭を下げる糸子。
いつも、何かイイ事を計画すると上手く人生が回らない展開はここでも出てくる。
お父ちゃんのために組んだ立派な祭壇。笑顔の写真、思い出話。みなが懐かしみ、笑い、泣き、見ている者も涙する葬式の裏で、贅沢禁止令の時世、豊かすぎる台所事情が近所に知れ渡る。
「糸子をよろしく」と木岡のおばちゃんの所に出てきた夫にひと言も触れられなかった妻が、疲れて寝込んだ娘の髪をなでる。
お父ちゃんへの思いにウルウルしつつ、いろんな意味で「女は恐い」をモヤモヤと見る葬儀シーン。
我らが善ちゃん、本日で退場。ただし後継者と遺言は残していく。
大柄なセーラー服を作った糸子への叱責は何も初孫可愛さだけではなく 「子供と向き合って身の丈にあった事をしてやれ」と 自身がハルさんに耳の痛い事を言われながら、それを為す事で親の器量を磨く事が 出来たという自覚があり、親の先輩として糸子に助言しているのです。しかし 善作の返答「分かっとるわい!」、糸子の返答「朝からガミガミ、ガミガミと!」。 背中越しに二人のやりとりを聞いているハルさん、実は倅より孫の方に呆れている。
ここで優子の「セーラー服と三つ編み」を強調したのは、 この66話が娘に才能以上の生き方を要求する三姉妹編の立脚点だから。 勿論、糸子自身が神戸からの贈り物ドレスを着る事が出来なった経験に基づいていますが この「大は小を兼ねる」の大雑把さは、やはり貞子さん譲り。 そして、そんな理屈を振りかざしていられるのは自分の側に力がある間だけ。 葬儀に集まってくれた人達の言葉から父の優しさを実感する糸子ですが 善作に言わせれば糸子は「馬力だけが取り柄」で経済力がある自分に同じ事が出来ると 安易に思い込み、(社会人としての)娘の身の丈も図らず採寸怠った服(=職場)を 自画自賛した挙句、自分のプライドもろともビリビリに破れてしまう訳で。
善作の言葉に耳も貸さないのに善作の真似なんかするから…。ノリとしては 「仮面ライダーに熱狂するガキンチョがライダーキックを真似て怪我をした」類。
このドラマは「脚本」、「俳優陣」、「スタッフ(美術、その他)」さん達が素晴らしく、設定が細かい上に無駄がありません。いわゆる「BL」として見られてましまいますが、このドラマはそこに拘らず、むしろ「純愛」をテーマにしています。そしてそれが視聴者にも伝わり、「人が人を愛する」というのはどういう事なのかを視聴者に考えさせてくれました。原作がない事から毎週ジェットコースターのように展開される内容と上手く視聴者を騙す構成の予告で翻弄し、放送までの一週間をとても待ち遠しくさせてくれました。本当に素晴らしいドラマだと思います。
完全にロスですよ~~~~。田中圭くんを見るたびにハルタンにしか見えないし、7月はもう他のドラマに出るんですよね。さびしいです。
『カーネーション』64・65話 #カーネーション 介護と子育てと仕事で日がゆらゆら過ぎていく中、父と2人で見る親子のとんび。
お産を甘く見て病院に運んでもらった。暮らしに忙殺されそうな中、優子を負ぶって夕暮れを楽しんだ。夫の浮気に当たり散らした。
泰蔵兄ちゃんと無言ですれ違った。
たくさんの思い出の場所。
「必ずまた着物に戻せる。」必ず戦争は終わる。行った人らは必ず帰ってくる。願いと共に作る「着物に戻せるもんぺ」。
八重子さんは教室に来てくれた。
泰蔵兄ちゃんの出征のための一張羅もんぺ。
「うちが見送りに行ってもいいの?勘助にあんな酷いことしてしもうたのに。」「ごめんな。」
やっと言えた。
隔たりに苦しんでいたのは糸子だけではなく、泰蔵兄ちゃんも同じで。
善ちゃんが見送りに来た時の本当に嬉しそうな輝き。
そうやって、戦争はまた美しい人を連れて行ってしまった。
無理して見送りに出たお父ちゃんは火傷の回復もままならぬ中、疥癬も患い。心斎橋まで通院しなくてはならなくなる。
弱っていく親。 経済的にも時間的にも大変な通院。
現代の在宅介護にも通じる辛い描写。
それでも、必ず治すという強い意志と、家族を支えるという自覚と。
そして、戻って来てくれた八重子さんとのひと時が糸子を支える。
癒しとは、精神的な喜びに他ならない。
『カーネーション』62・63話 #カーネーション 「辛気くさい」が家を殺し、風穴が人を救う。そういう2話。
お父ちゃんの大火傷事故から、おばあちゃんも隣で寝込んでいる。あんなにシャキシャキしていたのに、夜中にうなされる姿。あんなものを見てしまったトラウマが消えない衝撃。
日がな一日、赤ん坊は泣く、直子は暴れる、お父ちゃんはカンシャク起こす、お母ちゃんはメソメソ、おばあちゃんはヨロヨロ……
朝か昼か、お父ちゃんかおばあちゃんか、家にこもった澱み。「世界が灰色に見えます」。
現行放送の時には解らなかった「在宅介護」の様相がこの回に描かれていた。再放送を見て、今、父の臨終前は実家が澱んでいたことを思い出す。(国は家庭で臨終推しだけれども、在宅介護は本当に大変なことで。要介護者がいる家の中は灰色になるん)
おまけに、家の中だけではなく、この時代は国も灰色である。
小原家の灰色は「因果応報」だと言う国防婦人会。悪いことをすれば自分に返る。
心から憎らしい!消えろ!と思うけれども、まぁ、自分の事として振り返ると解らなくもない。このおばはんもね……。
糸子も怒りに任せてお手玉を投げはしたけれども、そんな風には考える。確かに、人を傷つけた。その傷が糸子の中にある。
けれども、「灰色」は、きちんと晴れる。
神戸のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、いつも突破口をくれる人たち。
「辛気くさいは寿命を縮める」
この精神は、時に反省よりも大事や。
そうやって生まれたのが、オシャレもんぺ教室だった。
「着物に戻せるモンペの研究」は、立派なお仕事会議描写。
そして行われる教室の女性たちの生き生きとした様子。サエさんというブレないキャラを中心に、一張羅の張り合いから、作業を通して仲間意識ができるまで。
最後にはみんな笑顔。
風穴が開けば、家族も笑顔になる。
「人の笑顔を見ているだけで泣ける」ドラマや映画は、基本、名作なんだよ。
重責が主人公一人にかかり過ぎて、さしもの糸子もヘロヘロ。 しかし、そのままじゃ終わらない。 (澤田さんとの関係は一言、多い者同士ともいえるか)
苦境に負けない娘の逞しさを背中越しに感じる善作。 家長としての糸子に、もう自分の助けはいらないという老兵の心境。 糸子も今は幼い娘達に同じ気持ちを抱く日がくるのでは…?と思っていたら 終盤に「ああ、ここなんだな」という場面が入ります。 モンペ教室も含めて63話は最終週への伏線ですね。
追記:メシスタント一つとっても描き方が違うわ!
『西郷どん』第23回 #西郷どん
子どもの頃から共に上を目指して駆け回った仲間同志が粛清し合う……
切ない悲しい寺田屋事件に迫力の映像演出。
主人公がいない方が歴史的に盛り上がるシーンが………(
http://dramablog.cinemarev.net/blog-entry-6132.html
東城医大って佐伯先生と渡海先生でもっていますよねw 2人の師弟の関係は大好きで、恨んだまま終わりにならなくて良かったです。ニノの演技は素晴らしかったです。佐伯先生もお仕事続けられそうでハッピーエンド。続編もドラマ化をお願いしたいです。
「ブラックペアン」最終回。
結局のところは、
東城医大って?
「ほう、れん、そう」のシステムができていない病院だったんじゃない?
そう、基本中の基本。
報告、連絡、相談がーーーー!
ブラックペアンの秘密は、ほうれんそうができていれば防げたわけで(^^ゞ
それは言っちゃいけないですって・・・
だったらこれはいいですか~
とにかくニノの演技のおかげで、
顔芸枠の日曜劇場が新鮮なものに見えました。
みなさん、お疲れ様でした。
でも、この病院で手術したくないわ~
佐伯先生とニノ渡海先生以外、先生たち手術下手なんですものーーー!
https://ameblo.jp/olive845/entry-12385862573.html
多分だけど、インタビューにもあったし、展開のワンパターンに嫌気がさしていただろう二宮君が最終回で帳尻合わせてきたのが凄い!!!
ガヤが本当に愚かに見えて、役者さんたちが可哀想だったよーーー(T_T)
ペアンが胸に入ったままそれでも生きてきた患者さんがひたすら気の毒だったドラマ。
「ブラックペアン」第10話 #ブラックペアン
えーー……ペアンが飯沼さんに入りっぱなしだったのはそんな理由!!??
いや、その頃と医療も進化しているだろうし、他の医術があるんじゃね。ペアンを出してまたペアンって……
とか、色々ツッコんでいる内に1時間が終わりました。
とりあえず、佐伯せんせーは「やめろやめろ」言ってないで、それを取ったらブシューーってなるぞ!ということは、きちんと伝えて下さい。
スナイプやカエサルはどうなったんだYO!!という話ですが、結局、人体と機械・器具との融合がテーマなのでしょうか。(基本、作品全体、医療機器と医療がテーマではありますよね)
何にせよ、このドラマで二宮和也という役者はどんなスタッフの中でも芝居ができる人なのだということは分りました。
そして、このドラマの頼もしいけれどもナイーブな顔も持った内野さんのキャラが私はとても好きでした。
お疲れ様でした。
#限界団地 第3話
夜中に「 あやめ 町団地」という文字を見ていたら、急に何か気づいたような気分になって恐くなってきた(爆)
迫田さんってば、もう……また……
http://dramablog.cinemarev.net/blog-entry-6139.html
前回誰も死ななかったからゆるいのかと思ってたんだけど。死体は見えないけど今回は2人も!あの白い粉は誰のものなんでしょうか。あそこちょっとわからなかったです。
『カーネーション』68・69話 #カーネーション
お父ちゃんが居なくなった寂しさを噛みしめる間もなく、台所事情の苦しさに今さら気づく糸子。
「葬式は金がかかる」立派な祭壇を組むことだけで頭がいっぱい、金があってももう店に食料が無いことも知らない。家の奥を支える主婦の感覚はなく、奥の苦労など考えた事もない亭主関白感(笑)
困り切った奥を何とかしてくれるのは、天然にしか見えないお母ちゃん。もちろん。ただの天然などではなく。この人の賢さと明るさのおかげで小原家の奥が成り立ってきたのだとよく分かる、すいとんエピ。
配給に誘ってくれる木之元の奥さんのぶっきら棒で可愛い優しさ。
面倒で卑怯な世間もあるし、お節介で温かい世間もある。
69回は、放送当時もみんなが騒いだ神回。
面倒な世間に「非国民」扱いされ、おしゃれもんぺは非難され、ミシンは取られそうになる。
ミシンの供出→仏壇のお父ちゃんに愚痴る→お父ちゃんが死んだんやからと思い出して優子の散髪→髪がおかしいか木岡に聞きに行く優子→軍服のおっちゃんとの再会→軍服のためにミシンを取られずに済む……
全部が結局は善ちゃんのおかげだったという。
1話で落語のようにオチがつく、これぞ神回!
『カーネーション』66・67話 #カーネーション
冒頭ですっかり回復して元気になったように見えたお父ちゃんの最期を見送る2話。
「ありがとう」と言われた事のない糸子が水筒に酒を詰めて初めて礼を言われる。
もちろん、酒のことだけではなく。
国民服をありがとう。温泉に行かせてくれてありがとう。家を継いでくれてありがとう。孫を抱かせてくれてありがとう。……気持ちがいっぱい詰まった温泉出発前。
大河でも朝ドラでも幽霊演出は多々あるが、これほど切なく美しく悲しい残像は見た事がない。本当に会いたい人の霊は恐くないのだな、と涙しながらオノマチさんの慟哭を聞く。
おっちゃんたちのせいではない。自分が酒を持たせたのが失敗だった。と頭を下げる糸子。
いつも、何かイイ事を計画すると上手く人生が回らない展開はここでも出てくる。
お父ちゃんのために組んだ立派な祭壇。笑顔の写真、思い出話。みなが懐かしみ、笑い、泣き、見ている者も涙する葬式の裏で、贅沢禁止令の時世、豊かすぎる台所事情が近所に知れ渡る。
「糸子をよろしく」と木岡のおばちゃんの所に出てきた夫にひと言も触れられなかった妻が、疲れて寝込んだ娘の髪をなでる。
お父ちゃんへの思いにウルウルしつつ、いろんな意味で「女は恐い」をモヤモヤと見る葬儀シーン。
我らが善ちゃん、本日で退場。ただし後継者と遺言は残していく。
大柄なセーラー服を作った糸子への叱責は何も初孫可愛さだけではなく
「子供と向き合って身の丈にあった事をしてやれ」と
自身がハルさんに耳の痛い事を言われながら、それを為す事で親の器量を磨く事が
出来たという自覚があり、親の先輩として糸子に助言しているのです。しかし
善作の返答「分かっとるわい!」、糸子の返答「朝からガミガミ、ガミガミと!」。
背中越しに二人のやりとりを聞いているハルさん、実は倅より孫の方に呆れている。
ここで優子の「セーラー服と三つ編み」を強調したのは、
この66話が娘に才能以上の生き方を要求する三姉妹編の立脚点だから。
勿論、糸子自身が神戸からの贈り物ドレスを着る事が出来なった経験に基づいていますが
この「大は小を兼ねる」の大雑把さは、やはり貞子さん譲り。
そして、そんな理屈を振りかざしていられるのは自分の側に力がある間だけ。
葬儀に集まってくれた人達の言葉から父の優しさを実感する糸子ですが
善作に言わせれば糸子は「馬力だけが取り柄」で経済力がある自分に同じ事が出来ると
安易に思い込み、(社会人としての)娘の身の丈も図らず採寸怠った服(=職場)を
自画自賛した挙句、自分のプライドもろともビリビリに破れてしまう訳で。
善作の言葉に耳も貸さないのに善作の真似なんかするから…。ノリとしては
「仮面ライダーに熱狂するガキンチョがライダーキックを真似て怪我をした」類。
このドラマは「脚本」、「俳優陣」、「スタッフ(美術、その他)」さん達が素晴らしく、設定が細かい上に無駄がありません。いわゆる「BL」として見られてましまいますが、このドラマはそこに拘らず、むしろ「純愛」をテーマにしています。そしてそれが視聴者にも伝わり、「人が人を愛する」というのはどういう事なのかを視聴者に考えさせてくれました。原作がない事から毎週ジェットコースターのように展開される内容と上手く視聴者を騙す構成の予告で翻弄し、放送までの一週間をとても待ち遠しくさせてくれました。本当に素晴らしいドラマだと思います。
完全にロスですよ~~~~。田中圭くんを見るたびにハルタンにしか見えないし、7月はもう他のドラマに出るんですよね。さびしいです。
『カーネーション』64・65話 #カーネーション
介護と子育てと仕事で日がゆらゆら過ぎていく中、父と2人で見る親子のとんび。
お産を甘く見て病院に運んでもらった。暮らしに忙殺されそうな中、優子を負ぶって夕暮れを楽しんだ。夫の浮気に当たり散らした。
泰蔵兄ちゃんと無言ですれ違った。
たくさんの思い出の場所。
「必ずまた着物に戻せる。」必ず戦争は終わる。行った人らは必ず帰ってくる。願いと共に作る「着物に戻せるもんぺ」。
八重子さんは教室に来てくれた。
泰蔵兄ちゃんの出征のための一張羅もんぺ。
「うちが見送りに行ってもいいの?勘助にあんな酷いことしてしもうたのに。」「ごめんな。」
やっと言えた。
隔たりに苦しんでいたのは糸子だけではなく、泰蔵兄ちゃんも同じで。
善ちゃんが見送りに来た時の本当に嬉しそうな輝き。
そうやって、戦争はまた美しい人を連れて行ってしまった。
無理して見送りに出たお父ちゃんは火傷の回復もままならぬ中、疥癬も患い。心斎橋まで通院しなくてはならなくなる。
弱っていく親。
経済的にも時間的にも大変な通院。
現代の在宅介護にも通じる辛い描写。
それでも、必ず治すという強い意志と、家族を支えるという自覚と。
そして、戻って来てくれた八重子さんとのひと時が糸子を支える。
癒しとは、精神的な喜びに他ならない。
『カーネーション』62・63話 #カーネーション
「辛気くさい」が家を殺し、風穴が人を救う。そういう2話。
お父ちゃんの大火傷事故から、おばあちゃんも隣で寝込んでいる。あんなにシャキシャキしていたのに、夜中にうなされる姿。あんなものを見てしまったトラウマが消えない衝撃。
日がな一日、赤ん坊は泣く、直子は暴れる、お父ちゃんはカンシャク起こす、お母ちゃんはメソメソ、おばあちゃんはヨロヨロ……
朝か昼か、お父ちゃんかおばあちゃんか、家にこもった澱み。「世界が灰色に見えます」。
現行放送の時には解らなかった「在宅介護」の様相がこの回に描かれていた。再放送を見て、今、父の臨終前は実家が澱んでいたことを思い出す。(国は家庭で臨終推しだけれども、在宅介護は本当に大変なことで。要介護者がいる家の中は灰色になるん)
おまけに、家の中だけではなく、この時代は国も灰色である。
小原家の灰色は「因果応報」だと言う国防婦人会。悪いことをすれば自分に返る。
心から憎らしい!消えろ!と思うけれども、まぁ、自分の事として振り返ると解らなくもない。このおばはんもね……。
糸子も怒りに任せてお手玉を投げはしたけれども、そんな風には考える。確かに、人を傷つけた。その傷が糸子の中にある。
けれども、「灰色」は、きちんと晴れる。
神戸のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、いつも突破口をくれる人たち。
「辛気くさいは寿命を縮める」
この精神は、時に反省よりも大事や。
そうやって生まれたのが、オシャレもんぺ教室だった。
「着物に戻せるモンペの研究」は、立派なお仕事会議描写。
そして行われる教室の女性たちの生き生きとした様子。サエさんというブレないキャラを中心に、一張羅の張り合いから、作業を通して仲間意識ができるまで。
最後にはみんな笑顔。
風穴が開けば、家族も笑顔になる。
「人の笑顔を見ているだけで泣ける」ドラマや映画は、基本、名作なんだよ。
重責が主人公一人にかかり過ぎて、さしもの糸子もヘロヘロ。
しかし、そのままじゃ終わらない。
(澤田さんとの関係は一言、多い者同士ともいえるか)
苦境に負けない娘の逞しさを背中越しに感じる善作。
家長としての糸子に、もう自分の助けはいらないという老兵の心境。
糸子も今は幼い娘達に同じ気持ちを抱く日がくるのでは…?と思っていたら
終盤に「ああ、ここなんだな」という場面が入ります。
モンペ教室も含めて63話は最終週への伏線ですね。
追記:メシスタント一つとっても描き方が違うわ!
『西郷どん』第23回 #西郷どん
子どもの頃から共に上を目指して駆け回った仲間同志が粛清し合う……
切ない悲しい寺田屋事件に迫力の映像演出。
主人公がいない方が歴史的に盛り上がるシーンが………(
http://dramablog.cinemarev.net/blog-entry-6132.html