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子役時代を除けば今回が一番、面白かったかも(爆。
徹底的に追い詰められて、やっと感謝の言葉や土下座が見られる主人公。 彼女を気遣うボクテ、ユーコ、そして(声だけだけど)律。 鈴愛にとって「嬉しい」というより「羨ましい」と言うべきか。
彼らは(描写に多々、問題アリだが)20代前半で挫折を味わい その経験を咀嚼して己が身の丈をはかり、地に足を付け相応に大人になった。 鈴愛だけが「私は大人だ!」と喚ていた頃のまま。 十年、この業界に身を置けば相応の苦労とそれに伴う成長があって然るべきという点は スルーするにしてもドラマ的に鈴愛にも成長の糧となるイベントは幾つも用意されながら 彼女は咀嚼もせずに「不味い!」と外に吐き出してきました。
自分のアイデアを盗用したと外の世界に放りだされて立ち上がった ボクテにアイデアを求めに走る鈴愛を見やるユーコは 妹か大きな娘に対するようで、とても同い年には見えません。 ユーコの甘やかし…は仕方ない。叱ったら逆ギレを繰り返してきたのは鈴愛。 もう、なるようにしかならない。 その意味でユーコは鈴愛を見捨ててはいないが見限っているのでしょう。
先週ラストはカモキンと決裂か?と思わせたマッサン。
住吉酒造時代なら食堂で荒れまくりになる所でしたが 春さんやキャサリン相手に愚痴りながらも軌道修正。 会社の方針とモチベーションの整合性をとっていく。 名前の通り亀の歩みではあるが、ちょっとずつ成長。
カモキンもその姿勢を認めながら 「売ってこなかったら会社にお前の居場所はないぞ」と手綱を取るのも忘れない。 社会人のドラマはやはり、かくあるべし。
#限界団地 第4話 寺内さんと加代子さんの親密さの真実が解った回……。親しさの影に悪魔が生まれる物語があったのですね~~。
そして、穂乃花ちゃんの「性質」により、本格ホラーの一面が!!
『バカボンのパパよりバカなパパ』第1話 #バカボンのパパよりバカなパパ 漫画家の職場描写は面白くて、ホームドラマが入ろうが飲みに行っていようが、描くときは描くのだ!!の姿勢が解ってとても良かったのだが……
後半になると完全にホームドラマになってしまい、しかもストーリー的には完結してしまったので、来週から何をやるのかなって(爆)
トキワ荘時代などからもっと漫画家人生を描くのかと思っていたので、ちょっと拍子抜け。
ともあれ、懐かしいキャラクターにワクワクしたり、役者さんたちの演技を楽しんだり見どころはいっぱい。
玉鉄さんは本当に……心配になるくらいこういうボケっとした役が上手いですよね。あんなに美しいのに!!
『カーネーション』77・78話 #カーネーション 戦争が終わって。新しい時代はまず恐っそろしい進駐軍の噂から始まる。岸和田にもついに姿を現すアメリカさん。
こっちも人間だが向こうも人間。誰も姿を現さない岸和田の商店街で「残念だなぁ。日本の絵葉書ほしかったのに。」と言う米兵2人組。可愛い。ドラマ史上一番可愛いアメリカさん。
相手が話が通じる人間だと解れば、商売も出来る。
アメリカさんは新しい文化や食べ物を日本にたくさん持ち込んでくれた。当然、目が光る糸子。
けれども、糸子の中ではこの時まだ、洋服は「金の代り」でしかない。物々交換のために、食べるために縫う。
その気持ちを変えてくれたのがサエさん。
「男がだんじり引かなならんように、女もお洒落せなあかんねん!」
この人との出会いがどれだけ糸子の仕事に生かされて来たか。
やりがいのある仕事は生きがいになる。
その望みは八重子さんも同じで。
戦争で夫を失い、優しかった義母は心を失い、家全体が病んでいる。
逃げ出そうとする中、糸子が八重子さんを光のある方向に引っ張る。
「日本中の女が、これからはパーマと洋服なんや!!」
八重子さんは実家に帰ってもパーマ屋が出来るわけではない。
病んだ環境はどこかに突破口をつくらなきゃならない。
糸子の「安岡美容室」「安岡美容室」に洗脳されていく八重子さん。
進駐軍から、サエさんとの再会から、洋服作りへの意欲から、パンパンの子らのおしゃれな服とパーマから……の、八重子さんへの「これからはパーマと洋服」。
この2話だけでも、無駄なく全部繋がっている。
サエに始まり、八重子さんに帰結。
仕草や表情を織り交ぜた、この会話劇の流れ。言葉遊び等、不要。 糸子の交渉力や木之元との即興コンビを見せる闇市シーンも終戦直後独特の活気に あふれていて、これがモノクロ映像ならクロサワ映画のよーだ。
『カーネーション』75・76話 #カーネーション
公報に書かれてたのは「戦病死」。
夫が死んだ。
けれども、糸子は涙も出ない。だって、
「とにかく食べてへんのと寝てへんのと。暑いんとうるさいんと。」
うだるような暑さ、つんざく蝉の声。軍服を縫い、食べ物を運び、防火訓練に出て、空襲から逃げて、また軍服を縫い……。
「気持ちっつうもんがどっか行ってもうた。」 「これはこれで楽や。」
泰蔵兄ちゃんも亡くなって、それでも気持ちが戻らない糸子を正気づかせたのは「綺麗な赤い花びら」と動かぬ「だんじり」。
大好きな物はみんな灰色の思い出になってしまった。
振り絞るように天に向かって泣く。尾野真千子の凄さ。
でも、そんなに悲しくても、空襲警報は止んでくれない。生きるためには逃げる。悲しみに浸る間もない。
やっと8月15日。
時代物朝ドラお馴染みの玉音放送。
「何言ってるのか分らない」日本が負けたことすら分らない。そんな不鮮明な音だった。
それでも、男たちは「負けた」と言い、女たちは「終わった」と言う。
糸子はただただお昼ご飯のこと。
「十何年も続いた戦争が急に終った言われてもな」
実感は、当然なかっただろう。
ラジオから明るい音楽が響いて。
闇市には何でも売っていて。
やっと実感が沸く。
実感が沸けば、なぜ、だんじりが駄目なのかと不満も沸く。
今だからこそ、生きる力を。
止められようが、アメリカが来ようが、みんなで少しずつ引っ張り出す。
糸子がずっと引きたくて引けなかった男だけの夢を、直子は簡単に手にする。
弾圧されていた時代が前へ動き出す。
『カーネーション』73・74話 #カーネーション だんじりを引く手が無くなって、大事な人たちが次々とお骨になって戻ってきて、昨日、言っていた「自分の荷物は自分で背負う」を糸子がいよいよ実行する辛い戦時体験。
神戸のお祖父ちゃんはすっかりボケてしまって「ところどころ合うてる」記憶。
楽しくて幸せなところだけ覚えていればいいのに、人間はなぜ負の記憶が勝るのだろう。
ここからは、もう、お祖父ちゃんは何も辛い物を見なくてもいいように……と祈りながら、神戸とお別れ。「また会えるんやろか」
防火訓練は本当にくだらなく、そんなもんで消えるわけもなく、みんな逃げればいいんだ!……と思うのは現代目線で、当時の人たちは大真面目。
洗脳の時代。体力を消耗させるこの作業に疑問を持ちながらも参加する糸子。
大阪で東京で名古屋で大規模な空襲があり、いよいよ家族を疎開させる。
夏の暑いさなか、あっちにこっちに食料を運び、食べてないし寝てないし、何も考えられへん……
疲弊していく体と心。
朝ドラの中で、人がこんなに必死になって這いまわっている絵図はたぶんなかなか見られない。
だから、このドラマの戦争描写は凄いの。
誇り高い奈津が、あんな男に手を差し出してしまうくらい。みんな必死で、何も考えられず、とにかく生きた。
そんな中、届けられる夫の戦死公報。
何も考えられないことが唯一の幸いかも知れない。そう思わなければ生きていけない。
工場長時代はカモキンもいれば幼いエマも可愛く安定感がある一方、 上司の無理難題、母親には「家業を継げ」と迫られ切迫感もある。 (後で俊兄には「男は信念曲げたら終わり」と逆の事を言われる)
妻と娘が人参バトルなど微笑ましくやっていられる世界を守らなければいけない、 男はつらいよ。
オール巨人に馬鹿にされて奮起する展開は燃えますが それに見合うカタルシスが得られる展開は、用意されていないのよね、この作品。 マッサンが直面した問題をスパッと解決するのは最後の三級ウィスキーだけ。 基本的に駄目男の物語なもので。
晴さん、素直で優しい子って言ってましたよね???そんな設定だとは知りませんでした。素直で優しいように見えた事が一度もない。漫画の才能があるように見えた事も一度もない!
『カーネーション』71・72話 #カーネーション
感情で行動していると大切な物を失い二度と取り戻せない。
糸子のいつものヤツ。 大切な幼馴染みを失う2話。
奈津には糸子に頭を下げるなんてことはできない。糸子に弱みを見られるのが一番イヤ。
昔、勘助に言われた。けれども、頭に血が上るとそんな気遣いはもう出来ない。
奈津はいつも誇り高く、誇り高いは身を滅ぼす。借金で夜逃げするなんて、どれだけの絶望だろう。
軍に寮として叩き買いされた料亭。一万円の借金を説教するばかりで助けてやることが出来なかった糸子。
「このボケぇが!」は自分に対する後悔。
八重子さんの様子がおかしいとお母ちゃんに言われているのに、店子を叱る勢いで
「みんな自分の荷物で手一杯や。 自分の荷物は自分でどないかしてもらわなしゃあないねん!」
と、怒鳴ってしまう。
あの時、八重子さんに聞いていれば、きっと間に合ったこと。
遠くから糸子を見守り、そのまま去って行く勘助。
「会いたいけどな、俺には資格がないんや。もう。そやけどそれも、やっと仕舞いや」
勘助が戦地でどんな風に心を壊されたのかは想像の範囲でしかない。
けれども、いつだって勘助にとって糸子はまぶし過ぎた。
百貨店の制服を持ってお供して行った日。
「ここでいい」と中に入らなかった勘助を思い出す。
勘助は光が当たり過ぎる糸子が面白くて好きで、たぶん憧れてもいた。
でも、もう会えない。
お骨になって帰ってきた大切な次男を抱えて、壊れたように無表情に歩く安岡のおばちゃんが、この時この国の母の姿を象徴している。
国防婦人会の会長の次男さんもお骨になって帰ってきた。
だんじりを引く体力もない、こんな国、勝てるはずもなく。
自分で吐いた言葉通り、糸子は自分の荷物を一人で背負い始める。
冒頭でホンノリやコミカルなシーンが入る時には注意せよ! 12週全体で見ても、安岡家を通じて戦争のやるせなさを描くラストへの流れが見事。 小原家ですら世間の風当たりが強くなる中、若い男が残っている 安岡家のそれはいかほどであろうか。太郎にしても叔父の分まで 立派な日本男児でなければいけないという意識があるのではないか。
結婚、間もなかった頃の糸子の言葉。 「お父ちゃんでも勘助でもない男の人が家におる…」 弟のような幼馴染。傷つけてしまった姿が今生の別れ。 どんな理屈を捻りだそうと、戦争という状況を恨もうと事実は変わらない。 小原糸子、生涯に渡り背負っていかねばならない悔恨。 「自分の荷物は自分でどうにかするしかないんや」 正に、その通りです。
『カーネーション』70話 #カーネーション
学校教育とは上手くやるもので。
この当時でも、よくあるステレオタイプなドラマの登場人物のように軍国教育に反発していた子どもも確かに居たかもしれない。
しかし、素直で子どもらしく、大人のいうことが絶対と信じ込む子どもの方が遥かに多かったはず。
それは、人と溶け込みやすく、協調性があり、「みんなと一緒」が楽しければ楽しいほど。
おかっぱの優子の軍国少女っぷりは可愛くて可愛くて咎める気にもならず。
糸子も何も言わない。糸子自身も「世間」の恐さを知ったばかり。
糸子的には、娘が周囲と合せてくれていることに安心していただろうし、考えることは他にいくらでもある。
勝さんからの手紙は、恐らく遥か昔に書かれたもので。お父ちゃんが亡くなった知らせは届いてもいない。
優子と直子の手を引いて映画に行くシーンは、こんな映画でも親子外出の思い出のシーン。
直子は生まれてから戦争戦争で「きれい」を知らん。
「アカ」ってなぁに。
目の前で赤狩りを見て、泣きわめく優子と、「アカ」への興味しかない幼い直子。
「アカ」から連想して、 「赤に白を混ぜたら何色になる?」 「もっと混ぜたら?」
一生懸命、優子に質問する。
子どもに「きれいじゃないもの」を教えたくない母心。
そして、色彩の英才教育。
大した母親だと思う。
高っかい色鉛筆を昌ちゃんに咎められて「あーーーあーー」と誤魔化す姿がお母ちゃんにそっくり。
ちゃんと、千代さんの血も引いている糸子。
糸子個人のドラマは一息(本当に一息だったな!)ついて本日は戦時のホームドラマ。
軍服作りの仕事を盾にミシンを護り切ったのはいいが代償(というか生贄?)として 優子は「お爺ちゃんっ子の初孫」から「軍国少女」に。 染まり易いっちゃ、染まり易いが同い年で同性の友達は多い。 これは糸子には無い才能…等ではなく単に協調性の問題(笑。
片や直子は周囲の考えに収まらない発想力の片鱗が! でも、やる事なす事、お姉ちゃんと同じ事ばかりしたがる。 これは優子にとってはたまったものではない。
糸子は「姉ちゃんが羨ましいなら姉ちゃんと同じ事をしてみなはれ」と 千代さんに窘められたら納得する静子のような妹との関係しか知らないので 優子の気持ちなんぞ解る訳、無いわなー。
愛加那と子供たちとの再会は良かったですが、永良部島に着いてからはあまり動きがありませんでしたね。あのお爺さんは流されたらしいのに牢に入るほどではないんでしょうか?どうして最後だけ西郷さんを助けたんですか?よく解りませんでした。
子役時代を除けば今回が一番、面白かったかも(爆。
徹底的に追い詰められて、やっと感謝の言葉や土下座が見られる主人公。
彼女を気遣うボクテ、ユーコ、そして(声だけだけど)律。
鈴愛にとって「嬉しい」というより「羨ましい」と言うべきか。
彼らは(描写に多々、問題アリだが)20代前半で挫折を味わい
その経験を咀嚼して己が身の丈をはかり、地に足を付け相応に大人になった。
鈴愛だけが「私は大人だ!」と喚ていた頃のまま。
十年、この業界に身を置けば相応の苦労とそれに伴う成長があって然るべきという点は
スルーするにしてもドラマ的に鈴愛にも成長の糧となるイベントは幾つも用意されながら
彼女は咀嚼もせずに「不味い!」と外に吐き出してきました。
自分のアイデアを盗用したと外の世界に放りだされて立ち上がった
ボクテにアイデアを求めに走る鈴愛を見やるユーコは
妹か大きな娘に対するようで、とても同い年には見えません。
ユーコの甘やかし…は仕方ない。叱ったら逆ギレを繰り返してきたのは鈴愛。
もう、なるようにしかならない。
その意味でユーコは鈴愛を見捨ててはいないが見限っているのでしょう。
先週ラストはカモキンと決裂か?と思わせたマッサン。
住吉酒造時代なら食堂で荒れまくりになる所でしたが
春さんやキャサリン相手に愚痴りながらも軌道修正。
会社の方針とモチベーションの整合性をとっていく。
名前の通り亀の歩みではあるが、ちょっとずつ成長。
カモキンもその姿勢を認めながら
「売ってこなかったら会社にお前の居場所はないぞ」と手綱を取るのも忘れない。
社会人のドラマはやはり、かくあるべし。
#限界団地 第4話
寺内さんと加代子さんの親密さの真実が解った回……。親しさの影に悪魔が生まれる物語があったのですね~~。
そして、穂乃花ちゃんの「性質」により、本格ホラーの一面が!!
『バカボンのパパよりバカなパパ』第1話 #バカボンのパパよりバカなパパ
漫画家の職場描写は面白くて、ホームドラマが入ろうが飲みに行っていようが、描くときは描くのだ!!の姿勢が解ってとても良かったのだが……
後半になると完全にホームドラマになってしまい、しかもストーリー的には完結してしまったので、来週から何をやるのかなって(爆)
トキワ荘時代などからもっと漫画家人生を描くのかと思っていたので、ちょっと拍子抜け。
ともあれ、懐かしいキャラクターにワクワクしたり、役者さんたちの演技を楽しんだり見どころはいっぱい。
玉鉄さんは本当に……心配になるくらいこういうボケっとした役が上手いですよね。あんなに美しいのに!!
『カーネーション』77・78話 #カーネーション
戦争が終わって。新しい時代はまず恐っそろしい進駐軍の噂から始まる。岸和田にもついに姿を現すアメリカさん。
こっちも人間だが向こうも人間。誰も姿を現さない岸和田の商店街で「残念だなぁ。日本の絵葉書ほしかったのに。」と言う米兵2人組。可愛い。ドラマ史上一番可愛いアメリカさん。
相手が話が通じる人間だと解れば、商売も出来る。
アメリカさんは新しい文化や食べ物を日本にたくさん持ち込んでくれた。当然、目が光る糸子。
けれども、糸子の中ではこの時まだ、洋服は「金の代り」でしかない。物々交換のために、食べるために縫う。
その気持ちを変えてくれたのがサエさん。
「男がだんじり引かなならんように、女もお洒落せなあかんねん!」
この人との出会いがどれだけ糸子の仕事に生かされて来たか。
やりがいのある仕事は生きがいになる。
その望みは八重子さんも同じで。
戦争で夫を失い、優しかった義母は心を失い、家全体が病んでいる。
逃げ出そうとする中、糸子が八重子さんを光のある方向に引っ張る。
「日本中の女が、これからはパーマと洋服なんや!!」
八重子さんは実家に帰ってもパーマ屋が出来るわけではない。
病んだ環境はどこかに突破口をつくらなきゃならない。
糸子の「安岡美容室」「安岡美容室」に洗脳されていく八重子さん。
進駐軍から、サエさんとの再会から、洋服作りへの意欲から、パンパンの子らのおしゃれな服とパーマから……の、八重子さんへの「これからはパーマと洋服」。
この2話だけでも、無駄なく全部繋がっている。
サエに始まり、八重子さんに帰結。
仕草や表情を織り交ぜた、この会話劇の流れ。言葉遊び等、不要。
糸子の交渉力や木之元との即興コンビを見せる闇市シーンも終戦直後独特の活気に
あふれていて、これがモノクロ映像ならクロサワ映画のよーだ。
『カーネーション』75・76話 #カーネーション
公報に書かれてたのは「戦病死」。
夫が死んだ。
けれども、糸子は涙も出ない。だって、
「とにかく食べてへんのと寝てへんのと。暑いんとうるさいんと。」
うだるような暑さ、つんざく蝉の声。軍服を縫い、食べ物を運び、防火訓練に出て、空襲から逃げて、また軍服を縫い……。
「気持ちっつうもんがどっか行ってもうた。」
「これはこれで楽や。」
泰蔵兄ちゃんも亡くなって、それでも気持ちが戻らない糸子を正気づかせたのは「綺麗な赤い花びら」と動かぬ「だんじり」。
大好きな物はみんな灰色の思い出になってしまった。
振り絞るように天に向かって泣く。尾野真千子の凄さ。
でも、そんなに悲しくても、空襲警報は止んでくれない。生きるためには逃げる。悲しみに浸る間もない。
やっと8月15日。
時代物朝ドラお馴染みの玉音放送。
「何言ってるのか分らない」日本が負けたことすら分らない。そんな不鮮明な音だった。
それでも、男たちは「負けた」と言い、女たちは「終わった」と言う。
糸子はただただお昼ご飯のこと。
「十何年も続いた戦争が急に終った言われてもな」
実感は、当然なかっただろう。
ラジオから明るい音楽が響いて。
闇市には何でも売っていて。
やっと実感が沸く。
実感が沸けば、なぜ、だんじりが駄目なのかと不満も沸く。
今だからこそ、生きる力を。
止められようが、アメリカが来ようが、みんなで少しずつ引っ張り出す。
糸子がずっと引きたくて引けなかった男だけの夢を、直子は簡単に手にする。
弾圧されていた時代が前へ動き出す。
『カーネーション』73・74話 #カーネーション
だんじりを引く手が無くなって、大事な人たちが次々とお骨になって戻ってきて、昨日、言っていた「自分の荷物は自分で背負う」を糸子がいよいよ実行する辛い戦時体験。
神戸のお祖父ちゃんはすっかりボケてしまって「ところどころ合うてる」記憶。
楽しくて幸せなところだけ覚えていればいいのに、人間はなぜ負の記憶が勝るのだろう。
ここからは、もう、お祖父ちゃんは何も辛い物を見なくてもいいように……と祈りながら、神戸とお別れ。「また会えるんやろか」
防火訓練は本当にくだらなく、そんなもんで消えるわけもなく、みんな逃げればいいんだ!……と思うのは現代目線で、当時の人たちは大真面目。
洗脳の時代。体力を消耗させるこの作業に疑問を持ちながらも参加する糸子。
大阪で東京で名古屋で大規模な空襲があり、いよいよ家族を疎開させる。
夏の暑いさなか、あっちにこっちに食料を運び、食べてないし寝てないし、何も考えられへん……
疲弊していく体と心。
朝ドラの中で、人がこんなに必死になって這いまわっている絵図はたぶんなかなか見られない。
だから、このドラマの戦争描写は凄いの。
誇り高い奈津が、あんな男に手を差し出してしまうくらい。みんな必死で、何も考えられず、とにかく生きた。
そんな中、届けられる夫の戦死公報。
何も考えられないことが唯一の幸いかも知れない。そう思わなければ生きていけない。
工場長時代はカモキンもいれば幼いエマも可愛く安定感がある一方、
上司の無理難題、母親には「家業を継げ」と迫られ切迫感もある。
(後で俊兄には「男は信念曲げたら終わり」と逆の事を言われる)
妻と娘が人参バトルなど微笑ましくやっていられる世界を守らなければいけない、
男はつらいよ。
オール巨人に馬鹿にされて奮起する展開は燃えますが
それに見合うカタルシスが得られる展開は、用意されていないのよね、この作品。
マッサンが直面した問題をスパッと解決するのは最後の三級ウィスキーだけ。
基本的に駄目男の物語なもので。
晴さん、素直で優しい子って言ってましたよね???そんな設定だとは知りませんでした。素直で優しいように見えた事が一度もない。漫画の才能があるように見えた事も一度もない!
『カーネーション』71・72話 #カーネーション
感情で行動していると大切な物を失い二度と取り戻せない。
糸子のいつものヤツ。
大切な幼馴染みを失う2話。
奈津には糸子に頭を下げるなんてことはできない。糸子に弱みを見られるのが一番イヤ。
昔、勘助に言われた。けれども、頭に血が上るとそんな気遣いはもう出来ない。
奈津はいつも誇り高く、誇り高いは身を滅ぼす。借金で夜逃げするなんて、どれだけの絶望だろう。
軍に寮として叩き買いされた料亭。一万円の借金を説教するばかりで助けてやることが出来なかった糸子。
「このボケぇが!」は自分に対する後悔。
八重子さんの様子がおかしいとお母ちゃんに言われているのに、店子を叱る勢いで
「みんな自分の荷物で手一杯や。
自分の荷物は自分でどないかしてもらわなしゃあないねん!」
と、怒鳴ってしまう。
あの時、八重子さんに聞いていれば、きっと間に合ったこと。
遠くから糸子を見守り、そのまま去って行く勘助。
「会いたいけどな、俺には資格がないんや。もう。そやけどそれも、やっと仕舞いや」
勘助が戦地でどんな風に心を壊されたのかは想像の範囲でしかない。
けれども、いつだって勘助にとって糸子はまぶし過ぎた。
百貨店の制服を持ってお供して行った日。
「ここでいい」と中に入らなかった勘助を思い出す。
勘助は光が当たり過ぎる糸子が面白くて好きで、たぶん憧れてもいた。
でも、もう会えない。
お骨になって帰ってきた大切な次男を抱えて、壊れたように無表情に歩く安岡のおばちゃんが、この時この国の母の姿を象徴している。
国防婦人会の会長の次男さんもお骨になって帰ってきた。
だんじりを引く体力もない、こんな国、勝てるはずもなく。
自分で吐いた言葉通り、糸子は自分の荷物を一人で背負い始める。
冒頭でホンノリやコミカルなシーンが入る時には注意せよ!
12週全体で見ても、安岡家を通じて戦争のやるせなさを描くラストへの流れが見事。
小原家ですら世間の風当たりが強くなる中、若い男が残っている
安岡家のそれはいかほどであろうか。太郎にしても叔父の分まで
立派な日本男児でなければいけないという意識があるのではないか。
結婚、間もなかった頃の糸子の言葉。
「お父ちゃんでも勘助でもない男の人が家におる…」
弟のような幼馴染。傷つけてしまった姿が今生の別れ。
どんな理屈を捻りだそうと、戦争という状況を恨もうと事実は変わらない。
小原糸子、生涯に渡り背負っていかねばならない悔恨。
「自分の荷物は自分でどうにかするしかないんや」
正に、その通りです。
『カーネーション』70話 #カーネーション
学校教育とは上手くやるもので。
この当時でも、よくあるステレオタイプなドラマの登場人物のように軍国教育に反発していた子どもも確かに居たかもしれない。
しかし、素直で子どもらしく、大人のいうことが絶対と信じ込む子どもの方が遥かに多かったはず。
それは、人と溶け込みやすく、協調性があり、「みんなと一緒」が楽しければ楽しいほど。
おかっぱの優子の軍国少女っぷりは可愛くて可愛くて咎める気にもならず。
糸子も何も言わない。糸子自身も「世間」の恐さを知ったばかり。
糸子的には、娘が周囲と合せてくれていることに安心していただろうし、考えることは他にいくらでもある。
勝さんからの手紙は、恐らく遥か昔に書かれたもので。お父ちゃんが亡くなった知らせは届いてもいない。
優子と直子の手を引いて映画に行くシーンは、こんな映画でも親子外出の思い出のシーン。
直子は生まれてから戦争戦争で「きれい」を知らん。
「アカ」ってなぁに。
目の前で赤狩りを見て、泣きわめく優子と、「アカ」への興味しかない幼い直子。
「アカ」から連想して、
「赤に白を混ぜたら何色になる?」
「もっと混ぜたら?」
一生懸命、優子に質問する。
子どもに「きれいじゃないもの」を教えたくない母心。
そして、色彩の英才教育。
大した母親だと思う。
高っかい色鉛筆を昌ちゃんに咎められて「あーーーあーー」と誤魔化す姿がお母ちゃんにそっくり。
ちゃんと、千代さんの血も引いている糸子。
糸子個人のドラマは一息(本当に一息だったな!)ついて本日は戦時のホームドラマ。
軍服作りの仕事を盾にミシンを護り切ったのはいいが代償(というか生贄?)として
優子は「お爺ちゃんっ子の初孫」から「軍国少女」に。
染まり易いっちゃ、染まり易いが同い年で同性の友達は多い。
これは糸子には無い才能…等ではなく単に協調性の問題(笑。
片や直子は周囲の考えに収まらない発想力の片鱗が!
でも、やる事なす事、お姉ちゃんと同じ事ばかりしたがる。
これは優子にとってはたまったものではない。
糸子は「姉ちゃんが羨ましいなら姉ちゃんと同じ事をしてみなはれ」と
千代さんに窘められたら納得する静子のような妹との関係しか知らないので
優子の気持ちなんぞ解る訳、無いわなー。
愛加那と子供たちとの再会は良かったですが、永良部島に着いてからはあまり動きがありませんでしたね。あのお爺さんは流されたらしいのに牢に入るほどではないんでしょうか?どうして最後だけ西郷さんを助けたんですか?よく解りませんでした。